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Noah

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これからの世界のこと

スピリチュアルを語る上で重要なワードなので

知っている人は多いだろう。

 

『世界と自己は連携している』

 

自分の身の回りで起きていることは

宇宙で起きている天体の動きに連動しているし、

世界的に見ても自分と類似したテーマの問題が起きて

いたりする。

 

 

ー世界は自分の鑑であり、

自分の一部であるー

 

ということ。

 

 

世間では地の時代が終わり、

2020年12月をもっていよいよ本格的な風の時代

なると言われている。

 

 

風の時代とはどのようなものであろうか。

 

 

例えば

・情報の取り方はどんどん進化して紙媒体はほぼなくなるだろう。

 

・人々の付き合い方はますますバーチャル化して、

リアルに会う機会は減っていくだろう。

 

・脳の処理で感情察知能力に優れた人とそうでない人で

大きく二分するだろう。

 

・めまぐるしい情報の波の中で”真実”を探すことは

ますます困難になっていくだろう。

 

・紙幣価値は大きく変動し人間らしい生き方が問われるだろう。

 

・誰かを真似するというロールモデルケースはなくなるだろう。

 

 

簡単に想像がつくものばかりだが、

以上のことは間違いなく起きるだろう。

 

ついでに言えば

大企業の倒産、縮小、合併統合なんてものも

ありふれた出来事になっていく。

 

そして悲しいことに自殺や殺人も目につくことは増えるだろう。

これを面白おかしく陰謀論的に語ることは容易だが、

私は時代の流れが引き起こす”淘汰”の一種であると

思っている。

 

過剰なものは減少し、

必要なものは戻る。

物事は必ず適正なバランスをとるようにできている

からだ。

 

光と闇は違いに強く主張をし、

やがてブラックホールのような巨大な吸引力を伴って

台風のように吹き荒れるだろう。

 

 

これに耐えきれない人は

生を繋ぐことは困難になるかもしれない。

純粋で繊細な人は辛くなってしまうから。

 

 

風の時代

スピード感と情報処理と知性が必要になってくる。

誰かがカリスマ的に引っ張っていってくれることは

無いし、

大きな時代の変革者なんて出て来ない。

 

 

風の時代というとイメージ的には

個人個人が自由で好きにきままにやっているイメージ

かもしれないが、

実際は

”個”として時と場合に合わせ連携・連帯を組む

イメージである。

 

そのためには

個体がそれぞれいかに成長して、

自己と他者で不足部分をリカバリーできるか。

自分の過不足をいかに把握し議題のテーブルに

のせることができるかが重要になる。

 

 

ここまで書くと一定数、

内と外を切り分けて考える人が出てくる。

 

全て他人事のように自己と他者、自己と世界を

別ものと考えている人だ。

 

「あるある、そうだよね~。

皆んななんで気付かないんだろう~」

「早くみんな気づいて、私たちの次元までくれば

良いのに」

と彼らはよく口にする。

 

 

もう一度言うが、

世界は自分と乖離してはいないし、

一体化したものだ。

 

 

自分の視界・世界にそのような所謂”低次元”の人間が

いると思っているということは、

同じ穴の狢ということ。

 

人間は必ず矛盾を抱えている。

 

 

どれほど神々しいことを言ったとしても、

どれほど人格者的なことを言ったとしても、

どれほど他者から見て優れていると思ったとしても、

人間はどこまでいっても”人間”だ。

 

そこは努努忘れてはいけない。

 

生きている限り自分以外の

神にも、仏にもなれはしない。

 

しかし、

そんな人間だからこそ魅力があるのだろうと思う。

 

 

完璧ではなく、歪だからこそ不完全な”美”が存在

その傷や歪さが強烈な魅力となっているのだろうと

思う。

 

 

クリスタルでも、

純度の高い宝石品質のものより

マニア層にはオリジナリティーを持った歪な形の

原石が好まれる。

 

内包物や不純物が入ってるからこそ価値が高いものも

山程ある。

 

 

生きるということは清廉潔白ではいられない。

 

 

「風」というと軽やかな印象だが、

風の時代の中身は

とてつもなくサバイバルだ。

 

 

知性の時代らしく、

全体的に察知能力と情報処理能力が

底上げされているため

皆、賢明であり頭が回る。

綺麗事だけ語って難を乗り越えることは不可能。

 

 

更に地の時代よりもイメージング力が必要となり、

想像力に欠ける人間には生き辛くなっていくだろう。

 

 

 

今回のブログで言いたかったことは

決して「人間クソボケカス」ということではない。

 

 

風の時代を生きるということは

良いことばかりではない。

ある意味ドライに自分を観察して

自分の過不足を冷静に判断できるように

”努める”ことだ。

 

 

自分を過信しすぎず、時に疑問を投げかけつつ

情報は広くとって精査検証していく。

その中で得られたものは必ず肥やしになるだろう。

 

 

風の時代に無駄というものは存在しない。

あるのは”寄り道”だけだ。

© Anne 2018.